潔癖症のパイオニア!!偉大なる文豪【泉鏡花】

緊急事態宣言が解除され、徐々に外出する機会が増えたことと思います。

自粛明けに見る街のあちこちが、なんとなく気になってしまいませんか?

エレベーターの階数ボタンを第2関節で押してるかも…

エスカレーターの手すりを指先で持つようになった…

そういえばATMのボタン、今日爪で押してたかも!!

自粛前は何とも思っていなかったのに、なんだか「菌」が気になってしまう…

このように感じる方も多いのでは?

ウイルスや菌から身を守る行為は、感染予防にはとても大事です。

しかし、あまりに神経質になってしまっては、疲れちゃいますよね…

昔の人から見たら、現代人は

ずいぶんと潔癖症だなぁ

と思われるかもしれません。

家電製品や除菌グッズに囲まれて過ごしている私たちは、100年前の日本人に比べ、確かに潔癖症なのでしょうね。

今回の新型コロナウイルスの感染拡大は、その現代人の潔癖症にさらに拍車をかけたことでしょう。

しかし、今から100年以上前の日本でも、現代の日本人を上回るほどの、極度の潔癖症が存在したことをご存知ですか?

言わば

潔癖症のパイオニア

とも言えるほどです。

しかも、その日本人は数々の有名な文学作品を残した偉大な文豪であったことも…

今回は、100年以上も前に異常なほどまでに「潔癖症」だった文豪泉鏡花」のお話をさせてください。

潔癖症の文豪「泉鏡花」

潔癖症の文豪「泉鏡花」
泉鏡花 Wikipediaより引用

泉鏡花プロフィール

  • 本名:泉鏡太郎(1873年~1939年)

  • 出身:石川県金沢市

  • 代表作:「高野聖」「夜叉ケ池」「婦系図」

  • 師範:尾崎紅葉

泉鏡花の潔癖症トンデモエピソードをご紹介!!

潔癖症Episode.1:「全部加熱消毒しなきゃいや!!」

お酒は「熱燗」じゃない「煮燗」なんだ!!

お酒を飲むのにも「熱燗」を通り越し、ぐらぐらと沸騰するほどの「煮燗」で飲んでいた鏡花。

周囲の人から

…泉燗

とネーミングされていました。

そんなに沸騰させては、アルコール成分が飛んでしまいそうな気もしますが…

大根おろしも「加熱」!!

どこへ行くにも

My アルコールランプ

My 鍋

を持ち歩き、何でも加熱して食べていた鏡花。

刺身などの生ものは一切口にせず、大根おろしですら加熱して食べていました。

指で触ったとこは菌がついている

アンパンを食べるときは、My アルコールランプで

表を焼く




裏を焼く





食べる





指が触れていた部分は、菌がついているからと捨てる!! Σ(・□・;)

何とももったいない気もしますが、ここまで徹底しているとは…

汽車内であわや大パニック!!

汽車の中で飲むお茶ですら、鏡花ズアイテムである

Myアルコールランプ

Myやかん

でお湯を沸かして飲んでいました。

座席のふもとから火が出ているのを見た乗客が

火事だーーーー!!

と叫び出し、車内はパニック!!

いやはや何だか鏡花の周りは慌ただしいですね…

潔癖症スピンオフ「Here is 俺の陣地

鏡花が友人である谷崎潤一郎らと、鶏鍋を食べていたときのことです。

鍋は、佃煮かと思うほど煮えたぎってからじゃないと、口にできない鏡花。

しかし谷崎は鶏を入れたそばから、半煮えであろうと、どんどん食べていってしまいます。

ただでさえ人と鍋をつつくことに、イライラしていた鏡花。

加えて自分は全然鶏肉を食べることができないので…

鍋に「ネギ」で境界線を作り

ここからこっちは僕の陣地!!

と言い放ったとのこと。

人と同じお鍋をつつくのが苦手なあなたなら、鏡花に共感する部分もあるのではないでしょうか?

もし鏡花が現代で生活していたら、「新しい生活様式」の「飲食店での大皿での提供や鍋を避ける」ことに対して安堵していたかもしれませんね。

潔癖症Episode.2:「触るのいや!!」

畳、汚い…

挨拶をするときに、畳に手をつくことができず、手の甲をつき挨拶をしていました。

しかし信仰心の強い鏡花は、神様の御前ではしっかりと土下座をしていたとのことです。

潔癖症Episode.3:「とにかく埃がいや!!」

埃がつくのがいや!!

やかんや急須、キセルの口は常に埃が入らないように、千代紙で塞がれていました。

階段掃除は3種の雑巾必須!!

女中に階段の掃除をさせるときに、階段の上・中・下でつく埃が違うからと、雑巾を3種類用意して拭かせていました。

お手伝いさんはご苦労なさったでしょうね…

潔癖症Episode.4:「も、こうなったら汚い漢字もいや!!」

「豆腐」の「腐」がいや

豆腐の「」という漢字を見るのもいやな鏡花は、「豆府」と書いていたそうです。

※漢字に罪はありません。

潔癖症だけじゃない!! 鏡花の「心配性」

鏡花は潔癖症なだけでなく、非常に心配性でもありました。

心配性Epispde.1:「原稿大丈夫かな…」

原稿をポストに投函したあとも、心配性の鏡花はポストの周りを2,3周しないと気が済まなかったとのことです。

心配性Epispde.2:「弟子入りまで1年」

鏡花が上京し、師である尾崎紅葉に弟子入りするまで、1年という年月がかかりました…

というと、あなたが想像するのは

弟子にしてください!!

ワシは弟子は取らん!!

ちくしょう…明日もあさってもお願いしよう…諦めないぞ!!

と言ったやり取りでしょうか?

しかし実際は…

みたいな神経質な人間を弟子にしてもらえないかもしれない尾崎先生は僕のことどう思うのかな弟子にしてくれるのかないいや今日こそ門を叩くんだ門を叩いて弟子にしてくださいと言うんだでもまってやっぱりだめっていわれたらどうしようそんなこと考えてる間にもう今日が終わっちゃうどうしようせっかく石川から上京してきたんだしここは勇気を持って門を叩くんだ鏡花叩くよ!叩く!いっせーので!!ドンドンでいこういやいっせーの!!ドンドンの方がいいかなていうかそんなのどっちでもよくない?じゃあ叩くよせーの!!え?せーので叩くんだっけ?ていうか叩けなーい

と、単に心配が先回りして門が叩けず、1年もかかったのでした…

そしていざ勇気を出して門を叩き

でっ…、弟子にしてくださいっ!!

いいよ!!

とあっさり受け入れてもらえたのでした…

心配性Epispde.3:「犬が怖い」

外を歩いていて、犬に噛みつかれたり襲われたりすることを恐れていた鏡花。

太いステッキを護身用に持ち歩こうと考えたが…

犬に対して攻撃をする人間だと思われ、逆に襲われてしまうかもしれない…

と心配。

女中を連れて歩こうとも考えたが…

女中を盾にするなんて、人としてひどすぎる…

と心配。

奥さんを連れて歩こうとも考えたが…

毎度毎度妻とでかけるのも…

と、心配???

外を出歩くことは、鏡花にとって潔癖症のほかにも、いばらの道が待ち構えているようですね。

鏡花が潔癖症になった理由

1905年、鏡花32歳のときに赤痢を患ったのです。

腸を悪くした鏡花は4年以上もの間、おかゆとじゃがいもを食べて過ごしました。

療養中の習慣や用心深さに加え、精神的な辛さからものちの潔癖症に繋がった、と鏡花が述べたといいます。

実は鏡花が赤痢を患っていた明治~大正の日本は、感染症が大流行していたのです。

セルフ自粛期間ナント100日間!!

100年前に流行した感染症

  • 1914年(大正3年):チフスや日本脳炎

  • 1915年(大正5年):コレラ

  • 1919年(大正18年):スペイン風邪

ちなみに1915年にコレラが大流行したとき、鏡花は政府の要請などではなく、自ら100日間も自宅から出なかったといいます。

4月7日に東京・大阪などに緊急事態宣言が発令され、5月25日に東京など5都道府県が解除されるまでの期間は48日間。

現代人の私たちには長いと感じた48日間ですが、スマホも動画配信もない中で、自ら100日間こもっていたことを思うと、やはり鏡花の異常なまでの潔癖症が伺えます。

泉鏡花代表作をご紹介

高野聖

泉鏡花の十八番「耽美的で幻想的なホラー小説」であり、作家としての名を世に知らしめた作品。

2012年に坂東玉三郎、中村獅童によりシネマ歌舞伎として上映されました。

あらすじ

高野山の偉いお坊さんと、旅の途中でお友達になった若者。

「せっかくだし一緒の宿に泊まろう!」と意気投合し、その夜にお坊さんは語り始めます。

かつて自分が経験した、不思議で怖い…けど若かった自分には刺激的だった美しい妖女との夜を…

読み手も思わず吐き気を催すほどの、険森で出くわす蛇と蛭の描き方

得体の知れない魑魅魍魎たちの不気味さ。

泉鏡花が描く幽玄世界の恍惚感を味わいたいと、今でも文学ファンから愛されています。

夜叉ケ池

1913年(大正2年)泉鏡花が40歳のときに発表した戯曲。

戯曲とは、演劇の台本のために書かれた作品をいいます。

2003年に元・光GENJIの佐藤アツヒロ、2004年に武田真治主演で舞台上演されています。

あらすじ

洪水や氾濫などの水害をもたらす龍神・白雪を治めるために、琴弾谷のある村に住み着いた学者の萩原。

村の娘である百合と結婚したが、村人は雨乞いのために、百合を龍神の生贄にしようと計画します。

萩原が村人と押し問答をしている最中に、百合は自害…。

怒った萩原は、龍神を治めるためについていた鐘を、二度とつけないようにしてしまいます。

解き放たれた龍神は恋人の元へ旅立ち、夜叉ケ池の水は溢れ出し大洪水…

村ごと全てを押し流してしまいました。

人間社会と幻想世界という混ざり合うことのない「二軸」の世界を、巧みに表現した鏡花の作品

終始、演劇の台本の形式で描かれており、現実的に読めると思いきや…

村の権力者との争いで起こる、現代にも通ずる人間らしいやり取りの中に、幻想世界にいるはずの龍神が入りこんでくることで、異次元の中で彷徨う眩暈にも似た感覚に酔いしれてしまいます。

婦系図

鏡花が芸者と同棲していたことに激怒した紅葉。

悲壮に暮れる中、別れることになった経緯を元に書かれた恋愛小説。

紅葉に対する憎しみが作品のところどころに表れています。

あらすじ

作家の早瀬が元・芸者のお蔦と恋に落ち、結婚します。

しかし、大学の先生である酒井に反対され、泣く泣く別れを決意します。

酒井の娘の妙子の縁談話をきっかけに、お蔦との別れを根に持っていた早瀬は、妙子の縁談相手である河野一族への復讐を誓うのです。

後半で明らかになる早瀬の過去や、伏線をひかれた最終部分、まさに悲劇で終わる恋愛小説に、思わず心を痛める作品です。

婦系図

婦系図で有名な

別れろ別れろは芸者の時に言う言葉。

今の私には死ねとおっしゃってくださいな。

婦系図 湯島の境内より引用

というセリフは、演劇化されたときに劇中の感情のピークを表現するために、作られた言葉です。

原作にこのセリフは登場しませんが、気が狂いそうなほどの悲しみに打ちひしがれているお蔦の描き方には、鏡花自身の苦しみが込められています。

鏡花の強い意志

私たちが長いと感じた自粛期間をもろともしない、100日間という期間を自宅にこもりっきりで過ごした鏡花。

その意思の固さたるや、現代人には容易に真似できません。

鏡花の意思の強さは、潔癖症に限ったことではないように感じます。

神より尊敬する師「尾崎紅葉」

「高野聖」で作家として注目を集めた鏡花。

芸者のすずと同棲を始めますが、注目され始めた鏡花にスキャンダルはご法度だとして紅葉は二人を別れさせます。

紅葉に対する鏡花の憎しみは深く、「婦系図」を書いてしまうほどです。

別れをしぶる鏡花に

芸者なんて、漬物もろくにつけられない!!

などと暴言を吐かれたことも…

それでも鏡花は紅葉を尊敬することをやめませんでした。

同じ門下にいた徳田秋声が

秋声

紅葉はお菓子が好きで、たくさん食べたから胃を悪くして死んだ

と言うと、普段は温厚な鏡花が火鉢を飛び越え、秋声に殴りかかったといいます。

同席していた知人がどうにか鏡花から秋声を引き離し、外へ引きずり出しました。

秋声はあまりの鏡花の怒りように、車の中で泣き通したという…

また、紅葉の葬儀ではおよそ20人弱ほどいる弟子の代表として、弔辞を立派に読み上げた鏡花。

葬列では紅葉の位牌を持ち、徒歩で1時間もの道を、馬にも乗らず斎場に向かいました。

すずへの一途な想い

紅葉によって一度は引き裂かれた鏡花とすず。

実は秘密裏に密会していたとも言われています。

紅葉が亡くなった翌年は、日露戦争が勃発し、その後日本中が大混乱に陥る中、鏡花はすずと一緒になりました。

2人が出会ってから、実に27年もの月日が流れ、鏡花は52歳にしてやっと結ばれたのでした。

終生、互いの名前を彫った腕輪を身に着け、片時も離すことはなかったといいます。

鏡花のすずに対する一途な想いがうかがえます。

2人に子どもはいませんでしたが、仲睦まじく暮らしたといいます。

それは鏡花だけでなく、すずもまた、鏡花に対し一途な想いがあったからこそ成り立つものでした。

鏡花ほどの変わり者を理解し、愛し続けることができるのは、この世にたった1人すずだけだったのかもしれないし、すずもまたそれをわかっていたのではないでしょうか。

まとめ

最長で48日間という自粛期間は、あなたにとって長かったですか?

スマホもインターネットもない自宅で100日間も過ごすなんて、現代人には考えられないですよね…

しかしそれほどまでに、菌やウイルスを嫌悪した人間が確かに存在したのです。

泉鏡花ほどの過度な潔癖症は、社会生活上厳しいケースもあります。

緊急事態宣言が解除され、私たちはウイルスと共存する生活を送らなければなりません。

しかし、適度な潔癖症なら功を奏すこともあるのかもしれません。

100年前でも今と変わらず感染症は存在していたし、潔癖症の人間も確かに存在していました。

その潔癖症の泉鏡花が描く、耽美的かつ幻想的で幽玄な世界観は、現代もなお文学ファンを独特な世界へと誘っています。

今日は100年も前の日本に存在した、潔癖症の偉大なる文豪「泉鏡花」のお話でした。

最後まで読んでいただいてありがとうございました。